どんぶりちゃわん

イメージするのは常に最強の自分。

渡辺曜の話。

 今日も今日とてハルキゲニアになりたい。どうもサケ茶です。

 ハルキゲニア、かわいいですよね。前まで背側と腹側を間違えられてたところなんてほんと不憫でかわいい。まあハルキゲニアにはなりたいですけどハルキゲニアが生息していた時代では生きたくないですね。何の話?

 そんな今日は渡辺曜ちゃんの誕生日。おめでとうございます。生まれてきてくれてありがとう。せっかくの誕生日だし少し曜ちゃんのことを話そうかなと思った次第です。どうかお付き合いください。それではレッツヨーソロー!

 

こら~!それ私のセリフ~!

 

※以下、筆者の妄想が多分に含まれます。断定の表現を使う場合がありますが、自分の脳内では絶対にそうだという確信を得ているだけであって公式からの裏付けはありません。その点をご理解ご了承のうえ読み進めていただければ幸いです。

 

 

 

 

 正直言って渡辺曜のことは一番わかりません。いや全然わからなくないですか?さすがに僕には難しすぎてさっぱりわかりません。渡辺曜の頭の中は高海千歌でいっぱいだと思ってます。まあわからないなりにぼんやり彼女のことを考えていると、もしかしてかなり仲間思いなのでは?という結論に至りました。

 劇場版で同じ渡辺一族の月ちゃんはAqoursのことを「曜ちゃんからいつも聞いてる」、そして「もうAqoursは曜ちゃんの一部なんだなあって」と言うんですよね。どうやら曜ちゃんは月ちゃんに何度も何度もAqoursみんなの話をしているらしい。それこそAqoursメンバーに誰一人として会ったことのなかった月ちゃんが初対面で一年生と二年生の顔と名前が一致してしまうくらいには。

 え、渡辺曜みんなのこと好きすぎじゃない??今までそんな素振りみせたことあった??

 実際に劇場で見てるときは微笑ましいなあくらいで特にこれといって思うところはなかったんですけど、よくよく考えてみると渡辺曜、渡辺月にAqoursのこと話しすぎ問題。Aqoursのこと大好きか?大好きなんだろうなあ。

 梨子には面と向かって「大好き」って言ってましたけど、他人に対して自分の気持ちを伝えることをあまりしなさそうな曜にはかなりの覚悟と決心が必要だったはずです。そんな曜がAqoursに関係のない言わば他人とはいえ、自らの本音を何度も何度も話しているらしいことから、彼女のAqours大好き度がうかがえますね。やっぱりめちゃくちゃ好きじゃん。

 

 そういえば月ちゃんに言ってたことバラされたときにめちゃくちゃ照れてた曜ちゃん、すごくかわいかったですね。照れ屋さんかな?意外な一面もかわいいよ。やっぱり俺、渡辺のことが…。

 

 それに曜はこのように歌っています。

だいじにねしたいんだ みんな汗かいて がんばった日々を

Brightest Melody

 初めて曜のソロパートを聞いたときは本当に驚きました。曜がここを歌うのかと。そんなにみんなとの日々に対して思い入れが強かったのかと。

 渡辺曜という人物のことを考えると、どうしても高海千歌のことが頭をよぎります。

 もともと渡辺曜の願いは「高海千歌といっしょに何かをやること」であったし、渡辺曜高海千歌と何かを出来ればそれで良いのかなと思っていました。でも違ったんですね。渡辺曜にとってはみんなでがんばった日々が大事だったし、みんなのことが大好きだった。「誰かと一緒に何かをできた経験」が一番大切だったんです。

 よくよく考えてみれば元から「千歌と何かできればそれでいいや」なんて薄情な人間ではないですね。

 

 

  • 一緒にSailing ─船と錨─

 Beginner’s Sailingの話。疾走感溢れるメロディからにじみ出す航海感。この曲を聞くだけで渡辺曜と一緒に大海原への大冒険をすることができます。

 アニメでの渡辺曜といえば、率先して行動し仲間を引っ張っていく姿が印象的。

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「みんな行っくよー!全速前進、ヨーソロー!」

 この姿のように底抜けに前向きな歌詞からは「ちょっとくらい失敗してもいいじゃん!私もやらかすことくらいあるしさ!ちょっとの失敗にうじうじするより前向いていこうよ!私と一緒にさ!」みたいなメッセージが受け取れます。

 「みんなもSailing」と呼びかけるのは大多数に対してなのに、いつの間にか二人称が「君」になっていて、1対1で向き合ってる状況を作り出してくるんですよね。これぞ渡辺曜。そんなんだからクラスの男子勘違いしちゃうんだぞ。女子高だけど。もしかして…渡辺って俺に気があるのか…?

 3rdライブではこの曲が披露されましたね。むちゃくちゃ楽しかった。振付では堕天ポーズや頑張ルビィなど他のメンバーの特徴的なポーズをいくつか取り入れています。なぜ曜は他のメンバーを思わせるような振付を取り入れたのか。それはやはりAqoursとしての活動で得られた一番大切なものが「誰かと一緒に何かをできた経験」だったからだと思います。

 3rdライブでパフォーマンス見た当初は何故なのか全くわかりませんでしたが、劇場版を経て彼女が仲間思いの側面をわかりやすく見せてくれたことによってそのように考えることができるかな、と思います。

 そう考えると衣装も新たな視点で見ることができるような気がしなくもない。この曲の衣装って青と赤と白のひらひらみたいなやつ付いてるじゃないですか。あの、あれです、肩らへんについてるやつ。そう、あれ。あれって船が港を出港するときに投げる紙テープがモチーフなんじゃないかなと思うんです。かつて君と私を繋いでいた紙テープは今でも私の心の中に残ってるよ。ずっと忘れないよ。みたいなね。

 

 この曲は曜が自身の経験を元に聞き手を勇気づけているもののように思うし、それゆえ彼女が自分自身を掘り下げ、聞き手に対しても自分を掘り下げさせようとする曲のように思えます。聞いているとまるで彼女と一緒に海の底へと潜っていくような感覚も覚えるような気がします。

 海に潜る・沈むと言えばあなたは何を思い浮かべますか?

 ダイビング?海女さん?はたまた潜水艦?

 僕が思い浮かべるのはです。

 

 錨とはご存知の通り船をある場所に留めておくために使われる重りのような道具のこと。

鎖などの先につけて船上から水底に落し、その重さと爪で泥や砂をひっかけることにより、船の移動を防ぐもの。船の運用方法が進んだ現在では、錨の用途も単に船を1ヵ所に固定させておくだけでなく、狭い水域で船を回したり、ほかの船との接触を防ぐため、船の行きあしを止めるといった用途にも大きな役割を果す。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より

 渡辺曜はたびたび錨のシンボルを身に着けることがあります。

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未来の僕らは知ってるよ」の衣装では船長帽に錨のマークが描かれています

 かわいい。すごくかわいい。やっぱり渡辺曜は錨なんですよね。大丈夫?異常者?

 まあこれは冗談じゃなくてですね。先ほど言った通り曜にはかなり仲間思いな一面があり、みんなと一緒にスクールアイドル活動ができたことを大切に思っている。

 「一緒にSailing」というのは「君と一緒に」だけではなく「思い出と一緒に」という意味もあると思うんです。彼女はこれまで仲間と過ごした日々をまるでのようにずっと心に留めてこれから歩んでいくんじゃないのかな、ということ。

 船と錨。Beginner's Sailingは渡辺曜の二つの性質を表した曲なのかもしれません。人間に性質もクソもありませんけどね。

 

 というか調べてみて初めて錨にこんな様々な用途があることを知りました。これまんま立ち回りが上手すぎる陽キャ渡辺曜じゃん…。

 

 

 Brightest Melody、曜が真ん中にいるじゃないですか。あれやっぱり曜のセンター曲だと思うんですよ。で、これまたずっと考えてたんです、なんで9人のAqoursで歌い踊る最後の曲で渡辺曜がセンターにいるのかって。まあ結局渡辺曜は錨だから」という結論に行き着いたんですけど。

 まずこの曲がどういった曲か。

 今離れ離れになろうとしている私たちだけど、これまで一緒に過ごしてきた大切な時間を胸に抱えて、自分だけの道を歩んでいこう。気持ちは一つだからさ、きっと。

 みたいな曲だと僕は思います。この短文ですべてが表せるわけがないのでひとまず曲を聞いてきてください。聞いてもらえればなんとなく言いたいことはわかってもらえるかと思います。

Ah! どこへ行っても忘れないよ Brightest Melody

Brightest Melody

 何度も言っているように渡辺曜はスクールアイドル活動を経ておそらく初めて誰かと何かをするという経験を得られたと思うし、この経験をずっと胸に抱えて生きていくんだと思うんですよ。

 他の8人も同じようにAqoursとしてみんなと一緒に過ごした時間はかけがえのない思い出だとは思うんですが、先ほど言ったように劇場版では仲間思いである渡辺曜の側面が強く描かれていると思うし、そういう意味でこの曲のセンターに抜擢されたのかなと思います。抜擢というのは次元の壁を越えた我々視点からの言い方ですけどね。

 ではあの世界で曜はどうしてセンターに立ったか。彼女は自分からセンターに立ちたいと言ったんじゃないかと思います。だって普通に考えたらセンターは千歌だし、曜は一緒にできたことが嬉しいなんて素直な気持ちをなかなか本人たちに言わないから他のメンバーは彼女の気持ちを知る由もない。なので他のメンバーが延長戦の曲は曜センターで!なんておそらく言わない。

 歌詞を見て、曲を聞いて、振付と衣装を考えて、この曲は自分がセンターで歌うべきだ、歌いたい、と自分でそう思ったんじゃないのかなと思います。なぜこの曲のセンターに立ちたいかを、内に秘めていた自分の感情をちゃんと自分の口で伝えて、そういうことなら曜ちゃんセンターで行こう!ってな感じで事が運んだと思うんですよね。そこに至るまでの彼女の葛藤や決意を思うとなんだか心に来ますね。これはすべてオタクの妄想ですけど。

 

 「誰かと一緒に何かをできた経験」が乏しかった、あるいはまったくなかったけれど、Aqoursとしての活動を経てその経験の尊さに気づき、かけがえのない思い出(=)を胸に抱えこれからの人生を歩もうとする曜。そんな彼女だからこそあの大一番でまるでアンカーのようなポジションに陣取っているんだと思います。

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  • 終わりに

 まずここまで読んでいただきありがとうございます。一応もう一度言いますが全部オタクの妄想です。

 まあ色々考えてみて少しは渡辺曜という人間のことがわかったかなと。至った結論はどれも「渡辺曜は仲間思いである」という前提の上に成り立っているので、前提部分だけでも心に留めて帰ってほしいです。僕が今気づいただけでみんなわかってたかもしれないですけどね。まず本当に正しいかもわからんしやっぱり覚えなくてもいいです。とにかく渡辺曜は僕が思っていたよりもかなり情に厚い人間だったらしいです。

 彼女についてわからないことはまだまだたくさんありますが、ブラックホールも撮影されたことだし渡辺曜を解き明かす人物もそのうち出てくると思います。果たして人間を解き明かせるのかは微妙なところですけどね。

 今回はここらへんで終わりにしたいと思います。改めて、曜ちゃん誕生日おめでとうございます。いつまでもそのままのあなたでいてね。元気でな、渡辺…。

Super-pouvoir 私感。

 やっぱり伊波さんには敵いません。何よりも僕の心を打つのは彼女が紡ぐ言葉でした。

私も昔は人を信じられない人間だったんだけど、みんなのおかげで信じられるようになったんだよ

 この言葉、単純に嬉しかったのもありますがすごくシンパシーを感じました。

 僕は昔から舞台上での演者の言葉があまり信じられなくて。ちょっと固い言い方しましたけど例を挙げるとライブで「後ろまで見えてるからねー!」って言われても「いや、見えないでしょ」と思ったり(これは「見える」の解釈に齟齬があるだけかもしれませんが)。MCでも言わされてるんじゃないのかなと疑ったり、ただ耳障りの良い言葉を並べてるだけじゃないのと思ったり。アニメなど何かしらの作品でも変に引いて見てしまってなかなか物語に入り込めなかったり。

 そんな僕を変えてくれたのは伊波さんでした。彼女の演技や言葉、パフォーマンスからはあまりにも直接感情が伝わってきて毎度毎度驚かされます。しかもその感情は嘘偽りのないものだと信じることができる。何故なのでしょうか、僕にはわかりません。とにかく、表情や声音、仕草などすべての要素が重なって「本物」を正しく「本物」だと認識させてくれたり、「嘘」を「本物」だと認識させてくれるんです。

 そんな経験があったからこそどこか同じように感じてしまい、心に響きました。

 

今日が楽しければそれでいいじゃない

 伊波さんの生き様が表れているこの言葉には思わず涙してしまいました。いまこの一瞬を大事にすること。それが何よりも大切なことなのかもしれません。これは「An seule étoile」での経験から出た言葉でもあると思うんです。

くじけそうになるときばっかなんだけどさ、人生なんて。いいのよ。そんな時ばっかあったっていいのよって私は思ったね

たうんRadio第17回

 たうんRadioではこう言っていました。つらいことがあってもいつか報われる瞬間が来るから、それまで頑張ろうよ。つらい日々を頑張って頑張り抜いて訪れた最高の瞬間を全力で楽しもう。そう言われている気がしました。本当に世の中つらいことばかりですが、今回も、もう少し頑張ってみようかなという気持ちにさせられてしまいました。ほんと乗せるのうまいんだから。

 

 今回のイベントで、それ以前からも思っていたんですが、伊波さんは自分を消費してくれ、みたいなことを言いますよね。ここでの消費の意は娯楽として楽しむということです。伊波杏樹という一人の人間が苦しみに苦しみ抜いて生み出された快楽にただただ浸っていていいのかよという話。僕は嫌なんですよね。良いのか悪いのかは個人個人が判断するというか、これは個人による応援のスタイルの違いですかね。

 役者というのは他人から見られるのが仕事なので、そりゃあちらは消費される覚悟が決まっていると思います。でもこちらは踏ん切りがつかないんですよ。泥臭い部分も人間臭い部分も見てしまっているから、それをただの娯楽として浪費したくないと思ってしまう。僕らはいつだって見る側なので消費することから逃れられないとは思うんですが。だから僕はせめてもらったものを糧にして、一つでも多く自身の夢を叶えながら共に歩んでいきたいなと思うわけです。

 ここで一つ、どうぞ消費してくださいって言ってるのに弱い部分を見せるのは矛盾してるんじゃないかという疑問が僕の中に生まれました。でもやっぱりそれはInamin Townだからなんですよね、きっと。そりゃ良いところみせたいときだってあるし、弱音吐きたいときだってあるじゃないですか、人間だもの。Inamin Townがちょっと弱いところ見せてもいいかなと思える場所になっていたら嬉しいし、このままの持ちつ持たれつな関係性でいれたらいいなって思います。持ちつとか偉そうなこと言ってるけど実際お前持ててる?って感じですね。実際僕は彼女のことを1ミリも引っ張れてはいないと思うんですが、Inamin Town在住は僕だけじゃないんで。みんなで支えていけたらなと。「世界一優しい空間*1」を作っていけたらなと。僕はそう思います。皆さんはどう思いますか?僕は事あるごとに「みんながいるから」「ありがとう」と言ってくれる伊波さんをどこまでも支えていきたいし、彼女が辿り着いた先々で見られる新しい景色を一緒に見たいんですよね。

 

 今回のイベントを通して、この人を死ぬまで応援し続けたいなと思いました。比喩じゃなく言葉通りの意味で。でも僕は「これからもずっと応援してます!」なんてことは口が裂けても言えなくて。彼女が僕らに向けてくれる愛をいつ僕が重荷と感じてしまうかわからないし、いつ気持ちが冷めてしまうかわかりません。僕は強い人間ではないので。でも、できる限り長く応援し続けたい。もらってしまったものを返すには全然そんなことじゃ足りないけれど、今の僕にできるのはそれくらいしかないからね。まあ冷めないようにこうやってクソイタいオタクポエム書いてるんですけど。とりあえず自分のペースで長く熱く応援していけたらなと思います。

 改めて振り返ってみると、コーナーもライブパートも本当に楽しくて満足感しかありませんでした。あん塾なんかはマジで面白いコーナーですよね*2。今回は楽しさに極限まで振り切れてて良かったなあと感じました。やっぱりイタズラっ子みたいに無邪気な笑顔を浮かべてる姿が一番好きなんです、僕は。それでいてライブパートやMCなんかでは熱い気持ちもガッツリ見えてきていて。伊波さんの色々な顔が見ることができる、伊波杏樹欲張りセットみたいなイベントだったように感じます。とにかく良かった。

 またこういう楽しさの上を行く楽しさをくれるイベントがあればいいなと思います。次回のイベントも発表されましたが行けるかはわかりません、色々な意味で。いや行きたいんですけど。たとえ自分が行けなかったとしてもみんなが笑顔で帰ってこられるイベントなら満足だなと、心の底から思います。

 総括するとすぱぼあ本当に楽しかったー!というあれです。以上オタクポエムでした。またのご来場をお待ちしております。ありがと。

*1:たうんRadio第17回、とむじんさんのお便りより勝手に使わせていただきました。

*2:でもね塾長、略語パターンにばっかり頼るのはダメです。もう少し「こういう意味だろ!…全然ちゃうやんけ!」みたいなのも見たいです。贅沢か。

今日も僕は生きていく。

 生きていると楽しいこと、つらいこと、嬉しいこと、悲しいこと、色々なことがある。それを今こうして感じられているのはやっぱり「生きている」からなんですよね。

 8年前の今日、どこかで選択を間違えていたら僕はここにはいなかった。かもしれない。

 見知らぬおっちゃんの言うことを聞いていなかったら、道が空いていて当初の目的地に辿り着いていたら、車の中に置き忘れた荷物を取りに戻っていたら。今思うと色々な分岐点があった。その時その時に選ぶべき道を選んだから、いま僕はこうしてぼんやり書き物なんかをすることができています。

 あの大震災を被災地ど真ん中で経験したにも関わらず、今こうして生きているのには意味があるのだと僕は思う。別にあの時はこんなに大変だったんだぞ、なんてことを伝えていく必要は特にないと思ってるけど。

 もちろんあの時起こったことを忘れたいというわけではない。どす黒い渦の中でおもちゃのように車がぐるぐる回っていたこと、避難所で見知らぬおばちゃんからもらった生姜せんべいの味、3日間連絡がつかなかった父の顔を見たとき胸の中にこみ上げてきた感情。全て忘れるわけがない。こんなものは自分の中にしまっておけばいい。って言いながら書いてるね。

 津波に飲まれたくなかったら海から遠いところじゃなくて出来るだけ高いところに逃げろとか、ラップがあれば水が無くても無限に皿が使いまわせるぞとか、そういうことを伝えていく必要はあるのかなと思う。一人でも助かるためにね。

 

 今年の今日はなぜだか涙が溢れて止まらなかった。今日も今日とてバイトだったけど、昼休みは休憩室で一人泣きっぱなしだった。今までは今年も来たな、くらいにしか思わなかった。無意識に避けていたのかもしれない。やっと向き合えたのかな。身内の誰が死んだわけでもなかったし、家も直して住める程度には形が保たれていたけれど、心にはひびが入りっぱなしだったのかもね。

 散々泣いて目を赤くしながら「花粉症なんですよ」なんてごまかしてバイトに戻ったけれどさすがにバレていたかもしれない。こんな適当な嘘をつけるのもやっぱり生きているからなのです。

 今日も僕は生きていきます。

他人を消費すること。

 他人のつらい経験を娯楽として消費するしかないのが本当に苦しい。

 どれだけ願ったとしても自分だけの想いを直接伝えることの出来ない人間に対して、どうすることも出来ない無力な自分。感情のはけ口になることも出来ない。願うこと、祈ることしか出来ない。何もしてあげられない、出来ない。

 何かしてあげたいというのはその人をつらさから解放してあげたいからでもあるけれど、一番はつらい人を見ていると自分もつらくなるから。自分がつらさから解放されたいから何かしてあげたい。他人の気持ちなんて本当は考えてないのかもしれない。手が届くところに苦しんでいる人がいるなら何かしてあげたい。

 でも、元から手の届かない人に対しては何も出来ずに全てが終わる。終わってしまった。そこにあったのはつらい経験を乗り越えた末の大きすぎる輝きと、それをただ受け止めるしかないちっぽけな自分。あまりにも残酷すぎる。

 それを「見たくない」と突っぱねるのは簡単だ。けれどそうしたら自分の中でその人の頑張りはどうなる。見せてくれたものを踏みにじるつもりか?そんなことはしたくない、絶対に。

 目を背けているうちにどんどん距離は離されていく。見ないようにしたところで結局チクチク痛み出す。

 止まりたくはない、止まれない。僕は前へと歩かなければいけないのだ。止まるなと、そう言われてしまったから。自分で止まりたくないと思うから。

 向き合わなければいけない。どうしても。

 僕は今日も今日とて他人を消費して生きていく。誰かのつらい経験を血肉として生きていく。全て無駄にはしない。こんな歩き方つらいに決まっている。今だってつらい。でも、向き合う方法なんて僕にはこれしか思いつかない。不器用で真っ直ぐにしか歩けないから。これが僕なりの敬意の表し方だ。

あしたは晴れ。

 CYaRon!ファンミ現地初参加でした。どうもサケ茶です。

 実は去年のファンミでも大阪公演に参加してて、その時は3階最後列だったんですよ。今回は座席どこだったと思います?なんとね、2列前になったんですよ。去年より2列前進!やったぜ~!なんて連番者とはしゃいでました。ごめんなさい、席のことではしゃいでたのは僕だけかもしれません。

 それはさておき今回のファンミ、トークパートもライブパートも最高だったんですけど、「空も心も晴れるから」が本当に良かったんですよね。僕、この曲に対してなんとなくつらい印象を抱いてたんですよ、なんとなくね。たぶんアニメの印象なんでしょうけど。でも今回CYaRon!の3人は笑顔で歌い上げてくれたんですよね。それで曲の印象がガラッと変わりました。

 この曲、「明日を笑顔で過ごせるように」って曲だと思うんですよね。そう今回のファンミで感じました。「家に帰ったら」とか「目覚めたら」とか気持ちのリセット地点が用意されてて、そこを過ぎたら「よし明日から頑張ろう!」って気持ちになる、みたいなね。

 僕が思うにCYaRon!ってユニットにはどうしようもない無力感みたいなものが根底にある。ユニットシングルの表題曲のような、アップテンポで明るい曲調に乗せられている前向きな歌詞からはそんなこと露にも思わせないけれど。前向きすぎるからこそ裏にある虚無感みたいなものを勘ぐってしまうのかもしれません。だって毎日が朝から全開だったらわざわざ「朝から全開!」って歌わなくないですか?本当になんでもできるなら「なんでもできそうだ!?」なんて歌わなくないですか?

 まあこれは僕がそういう気持ちを抱きながら歌っていて欲しいというただの希望かもしれません。でもやっぱりCYaRon!って素直な感情を隠しがちだと思うんですよね。隠しがちって言うと聞こえが悪いかもしれませんけど、「こうしたいからこうする」じゃなくて「こうした方がいいからこうする」みたいなところあると思うんですよ。「そっちの方がいいね」なんですよね。サクラバイバイなんかはかなりストレートにそういうところ出てると思うんですけど。気持ちはストレートでは無いことがストレートに出ているということです。わかりづらっ。

 そんなどうしようもない無力感を抱えている(かもしれない)CYaRon!が歌ったからこそ、空も心も晴れるからは笑顔の曲になったように思うし、やはりあれはCYaRon!の魅力が存分に発揮されていたように思うんです。ああ、ユニットファンミが開催されて本当に良かったなあと思うわけです。そんな多幸感に包まれた僕はもう無敵なんですよね。

 あとはCYaRon!がユニットファンミを優勝してくれれば思い残すことは何もありません。

 CYaRon!優勝。それしかないでしょ。

 しゃろとものみんな、東京ファンミは一緒に全力で応援していこうな。じゃ。